+ 聖なるかな +




「ねぇねぇ。今日誰に渡す?矢っ張り教授にも渡すの?」
「えぇ、勿論教授にもお渡ししますわ」
(まただ……)
赤銅に金を散らしたような色合いの瞳が、今すれ違ったばかりの女性陣の背を注視する。
瞳の先には胸まである豊かな黒髪を緩やかにウェーブさせ、スーツに身を包んだ華やかな女性が一人。
更には色素の薄い茶色の髪を後ろで一つに纏めた、同じくスーツ姿の上品そうな女性が一人。
紅の瞳を忙しく泳がせ金髪の少年──イオンは激しく悩んだ。
(相手はたったの二人だ。しかし初対面だし……)
イオンが内心で葛藤している合間にも女性二人はお構いなく先を行ってしまう。
「ぁ……」
(どうしよう……)
と、突然華やかな方の女性が振り返り、イオンの元へとツカツカ歩み寄って来た。
「僕〜。お姉さん達の事見てたでしょ?何か用かな?」
艶やかな紅に染まった唇がイオンの眼前でヒラヒラと動く。
「あ、あの……」
圧倒されたイオンは言葉を上手く音声化出来ず、ただ唇をパクパクと開閉させた。
「ちょっとノエルさん!可哀相に怯えてらっしゃるじゃありませんの」
「な〜によ。そんな事ないわよ。この子が何か聞きたそうにしてたから親切に声かけただけじゃない」
ノエルと呼ばれた女性は云い終わるとギュッとイオンを抱き締めた。
「こ〜んな可愛い子が困ってるのに見捨てるだなんて、ケイトってば優しくないわ〜」
「なっ、何ですって!?」
何やら険悪な雰囲気になってきた処で漸くイオンは決心した。
「あ、あのっ!!そなた達に聞きたい事がある」
「ほ〜ら矢っ張り私の云った通りじゃない」
「それで、貴方の聞きたい事って何ですの?あたくし達で答えられれば良いのですが……」

(本当にこれで大丈夫だろうか……?)
イオンは手中の物を覗き込みながら真剣に考えた。
その時、玄関の戸が開いた音が聞こえ、イオンは玄関へと走った。
「ラドゥ、お帰り」
「あぁ、イオン。只今」
ラドゥがイオンの腰に手を回し、小さな紅い唇に口吻けをする。
これはイオンがこの家に来てほば毎日朝と夜に繰り返される挨拶のようなものだった。
「ん?何だか今夜は甘い香りがするね」
男が鼻先をイオンの髪に押し当て、大型犬の動作をする。
「ラ、ラドゥに渡すものがある」
「嬉しいな、何だい?」
男はイオンから小さな箱を受け取ると即座に包装を解いて中身を開けた。
そして中身を確認すると男は固まった。
「チ、チョコ……?」
そう、イオンが手渡したのは紛れもなくチョコレートだった。
それもチョコペンで男の名まで書かれていた正真正銘の手作りチョコ。
「嬉しくないか?」
紅が不安で潤み男を見上げる。
「そ、そんな事ないよ。ただ勿体なくて食べられないと思っただけで、凄く嬉しいよ」
男の言葉を聞くとイオンはぱぁっと顔を輝かせた。
「そうか、でも幾つか作ったから」
だから遠慮せずに食べて良いと、イオンはそう云った。
「……そ、それじゃ戴きまーーす」
ラドゥは無造作にチョコを掴み口内に押入れると、数度租借しただけでゴクッと飲み込んだ。
「……ん、美味、しかったよ」
「そうか、良かった〜♪」
ラドゥの顔色が徐々に蒼醒める。
しかしイオンは全くそれには気付かず一人で居間へと向かってしまった。
一人玄関に残され意気消沈している彼は実の処甘いもの全般を口にする事が出来ないはずだった。
出来ないはずだったのだ。
「ぅーーー甘……」



E n d e .



前サイトで掲載していたもの。
何も修正してません。。。



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